海外企業との契約(Agreement with a foreign firm)

特に最近では、円高の高進は顕著であり、大企業はもとより地方の多数の中小企業に至るまで、自社の生産活動に必要な資材、部品、時には自社の図面と仕様書 によって製作された完成品(完成機械)までをも、海外調達を実施、あるいは計画しています。比較的今日までは東南アジアなどから原材料、資材、部品を海外 調達するのが主流でしたが、とりわけここ2、3年は、それらの物をアメリカやヨーロッパから調達しても充分に採算が合うようになりました。さらに進展して、自社製品の中でも国内生産をすると利益率の悪い汎用機種を、北米や欧州にOEM(自社ブランド)で生産委託をし、完成品の形で輸入する会社が増加しています。

 

海外調達といっても、形態はいろいろあります。例えば、
(1)海外の別の法人より、自社の調達規格に合わせて部品や完成品を購入する場合
(2) 海外に自社100%出資の法人を設立して、現地法人より部品や完成品を購入する場合
(3)海外に現地の企業とともに出資比率を決定して第三の法人を設立し、企業より部品や完成品を購入する場合。あるいは
(4) 海外の別法人を買収することによって同上のオペレーションを実施する場合等です。
但 し、調達したい物、あるいは相手となる国、投資できる見込み資金の大小、意図するオペレーションの内容によって、形態を決定することが必要ですから、一方 的にどの形態がよいかを単純に決めることはできず、自社が計画しているオペレーションをあらゆる局面から検討しなければなりません。例えば、計画する海外 調達が何を意図するか、単に人件費を削減したいか、ある特定の企業の技術を獲得したいか、あるいは、技術によって製造された部品もしくは完成品がほしい か、または、ある部品/完成品の国内調達価格を低減したいか(少なくともどの程度低減したいか)等を様々な角度から事前に検討しなければなりません。

 

このような海外オペレーションを実施する場合には、国内の商取引と違い、色々な問題が起きる可能性があります。こうした状況の中で、長年、海外調達/海外 オペレーションに関与してきた経験から、日本との商習慣の違いにより起きやすい問題点を整理して見たいと思います。北米と欧州において、商習慣について日 本人の感性に比較的に近いと思われるドイツにおいても、製品によっても違いますが、一般 消費材以外では、例えば多少の塗装のキズ、プラスチックなどの成型物の合わせ面 の多少の誤差(段差)は、日本市場では受け入れられ難くても、機能に影響がない場合には簡単には修正に応じてもらえません。

 

またドイツの場合には、自社の技術に対して自信を持っているので、技術的な詳細な打合せにおいても、合理的であること、廉価に製作できること等を説明して先方の基準の変更を要求しても、簡単には納得してもらえない場合が多いのです。

 

海外から調達する場合には、全て最初の契約書が優先されます。この契約書を海外調達の作業量の5割以上であると解釈するべきであり、最初は不必要であると 考えられる事項でも契約事項の中では鮮明にするべきであります。契約書を作成する場合には、(1)契約の前文部分、(2)憲法に相当する基本契約部分、 (3)状況によって随時変更する法律や条令に相当する契約付属書の部分に分けて作成します。
(1)の契約の前文部分は、契約の趣旨(両社の基本的事項)、契約に至る背景、両社が契約によって享受する希望事項を記載します。
(2) の基本契約部分は、取り引き関係が持続する限りほとんど変更されることがない事項を詳細に記載します。例えば、契約書で使用する用語の定義、契約を基にし た製作によってなされる技術改良/発明の帰属、為替リスクの負担方法/比率、契約期間、取引決済方法、取引数量、受発注業務の具体的な内容、納期、両社間 の通信方法、商標/サービスマークの使用制限、契約の機密保持事項、契約書に使用する言語(最終準拠言語)、契約更新手順、技術情報の提供事項、契約譲渡 の禁止事項、紛争解決方法(最終準拠法)、不可抗力時の対処方法ですが、個別の契約によって内容は多岐に渡ります。
(3)の契約付属書の部分は、実際の取引価格、基本的な依頼製品の仕様書/図面 、その他契約に付随して発生するすべての可変的事項を記入します。

 

こうした契約書の条項の中で、色々対処すべきことがあります。例えば、アメリカとの契約では、次の様な場合も想定されます。アメリカでは、企業そのものが売り物であるために、ある日突然契約先の企業が別の投資グループによって買収される場合があります。その時には経営陣はほとんど総入れ替えとなりますので、このような事態があっても供給義務が有効に残るように条文の作成をしなければなりません。新しい投資家グループは、既存取り引き先の有益性を精査して、彼らにとってあまり有益でないと判断すると、いとも簡単に契約を解除してくるケースがあります。自社の生産計画や販売計画が海外調達を基準にして立案してある場合には、こうした外部的要因よって大幅な変更を余儀なくされることもあるのです。

 

また契約を締結する場合には、最初から両社間で紛争が起こるとは基本的には考えられませんが、商習慣の違いによって、比較的些細なことでも紛争になること があります。その場合に紛争を解決するための規範となる準拠法を明示した上で、さらに立場の強い方の会社が所在する国の法律に従うか、あるいは本部がオランダのハーグにある国際商事仲裁協会の各国の下部組織(日本ではThe Japan Commercial Arbitration Association)で、この種の紛争の仲裁処理をしてもらいます。

 

実際の契約条項の打合せにおいても、例えば、日本の会社同士であれば、お互いの要求事項に多少の距離があっても、中間点で中折れして、比較的容易に両社間 の接点が見いだせる場合が多いのですが、外国企業との折衝においては、日本式の中折れ的な話し合いは難しいのです。例えば、ある契約で売買の数量の設定に 関して、一方が500台で他方が800台であることを年間数量のミニマム数量として交渉しているとします。日本企業同士であれば、ある程度の話し合いの後で、特に両社にとって合理的で論理的な根拠なしに、例えば650台で中折れ式に妥協する場合が多くあります。しかし、相手が欧米企業であれば、どの数量になるかは別として、決定するべき数量に対してある程度鮮明な論理と合理性が必要です。従って、色々な交渉の場面で、できるだけ論理的で合理的な根拠を示し、相手側を説得できるような頑強な交渉人(a logically tough negotiator)が必要となります。交渉の場においては、相手に対して論理的で合理的な視点で説得しなければ、いくら多言しても意味をなしません。 時として、妥協できない事情を非常に日本的な慣習をあげて説明する事がありますが、効果的であるとは考えられません。

 

さて、契約締結後、実際の業務、すなわち取引が進行していきますが、同一人が契約と実際の業務を担当する場合でも、一年二年と経過していくにつれて、時と して実際の業務処理が契約内容と乖離する事があります。又、実務を担当する者と契約時に相手先と交渉した担当者とが別の人になる事もあります。

 

順調に業務が進行している場合には、何も問題になりませんし、問題が生起する可能性にすら気付くこともありません。しかしながら、万一何かの問題が発生した場合には、当然ですが、契約書が優先します。従って、実務の進行処理が常に契約書に従っているか検証しなければなりません。実務が契約書の内容に沿っていない場合には、内容が重大な変更であるならば基本契約書そのものを、さほど重大ではないが変更点であるならば付属書を、随時必要に応じて両当事者が署名 して差し替えなければなりません。順調に契約事項が進展している時ほど、問題が発生する芽が存在している考えるべきです。電話やFAXで変更した内容は、 なかなか後日の証拠(evidence)とはなりにくいものです。特に海外との取引においては、順調である時こそ危機管理をすることが望ましいのです。

 

欧米の、特に米国では、ある程度の企業であれば、社内に法務の専門家(常勤弁護士)がおり、実に自社に都合のよい証拠を取り揃えております。我々も、日頃から文書管理(アーカイブシステム=弊社NEWSLETTER 95-002を参照して下さい。)を含めて、怠りなく危機に対する管理をすべきであります。

 

相手先企業の動向を色々な情報ソースを駆使して定期的に、若しくは必要に応じて調査しなくてはなりません。

 

企業規模が大きくなればなるほど、企業のディスクロージャーは充実しています。このようなディスクロージャーを利用したり、親しくなった関係者から相手先企業の経営陣の動き等を入手し、断片的に収集した情報を時系列的に整理し、動向を見抜いたりすることが肝要です。

 

少なくとも、このような気持ちを持って日常の業務を履行することが必要です。漫然とした業務遂行をするのではなく、問題意識を持って業務に当たることが大 切です。例えば、親しくなった関係者の個人の住所をクリスマスカードを送付することに言及して教えてもらい、把握しておくことも必要です。万一突然に担当 者や上司が退職したりすると何らかの徴候かもしれないので、住所を知っていれば個人的に親しくなった人に直接尋ねることもできます。担当者から来る手紙の 内容によって、多少の推論も可能となるのです。

 

ところで、契約書の付属書に記載したり、添付したりする図面や仕様書について言及すると、日本の企業が、米国のUL規格の認証、ヨーロッパのISO9000シリーズの認証や、それに基づくCEマーキングの取得等を熱心に推進していることに比べて、欧米の企業は、日本の基準や業界コードをほとん ど知りません。さらに単純なことを述べると、加工現場では国によってメートル法も完全には使用されていないのです。完成品を海外調達する時には、後々の保守についても充分な配慮が必要です。特に日本においては、平成7年7月1日からの製造物責任制度の実施により、保守が必要となる装置、機械類(特にネジ一 本に至るまで)は、日本で容易に調達できるものの使用を義務づけなければならないし、保守用の電装関係の部品に関しても、特に注意する必要があります。こ うした例は、製品ごとによく検証してみることが大事です。海外調達の企画段階で、社内に設置した検討グループが、さまざまな可能性のある問題点をリスト アップし、どのような手法でできるだけコストをかけないで解決するかが、海外調達の成否を決定する別の重要な要素となります。裾野の問題をなおざりにして 契約だけを急ぐと、将来、海外オペレーション自体を根底から見直さなければならない事態が生じてくるでしょう。

 

海外オペレーションがうまくいくと、資材、部品、完成品の調達先が多元的になり、会社の効率的な経営/運営の効果が大であります。円高による利益の拡大と いう直接的な効果の他に、例えば半製品を海外調達するならば、自社の工場内での仕掛かり在庫の削減、それに関連する事務処理等の大幅な低減等の間接的な効 果も期待できます。又、会社全体のリストラにも大いに貢献することとなるでしょう。
(文章責任: 松葉満彦)

 

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