テクニカルライティング(Technical writing)

テクニカルライティングは、叙情的であってはなりません。アメリカのビッグ企業では、テクニカルライティング部があり、社外に配布するすべての文書 を専門的に作成しています。単なる担当者が作成した文書が特に社内の校閲/精査を受けないで社外に配布される時のリスクを非常に重大なものとして捕らえて おります。特に米国の場合には、ご承知のように製造物責任制度が厳しいので、社外に配布する文書には神経を使っているのです。例えば、ある担当者が特に重 要であると考えずに配布した書類で何らかの約束、保証等を与えるような内容が伺えると、それが一般に対する”明示の保証”となって、後々不都合が生じる可能性があるからです。

 

このテクニカルライティングとはいわゆる”技術文書を書く”ということだけでなく、専門的な文書をすべて網羅するということです。従って、企業がある目的 を持って配布する文書はすべてテクニカルライティングの範疇に含まれると解釈するべきです。企業のある担当者(A)から別の企業の担当者(B)に配布する 文書が、業務に関係しているが担当者(B)で完結するいわゆる業務上の私信に近いものであれば、このテクニカルライティングの範疇には含まれないものと理 解できます。ここでいう”完結する”とは、担当者(B)が、受け取った情報を第三者に公表しない場合を意味します。公表される場合には担当者(A)から発せられる情報を含む文書は、企業が責任を持つことになるテクニカルライティングに含まれます。

 

最近では日本でもこのテクニカルライティングが色々な企業活動の中で重要となってきています。たとえば、FITCEN NEWSLETTER Nos. 95-001, 95-002で既報の通りでありますが、これからのPL対策や、ISO規格の認証を受ける場合には、各種のテクニカルライティングが極めて重要な要素とな るでしょう。

テクニカルライティングは

(1)書類自体が意図する目的が何であるかを明確にします。
(例えば、機械の取扱説明書であるならば、初めて機械を購入した人が、マニュアルを順序立てて読むことによって操作できるように、徹底的に詳細に、最初から最後までを階層的に理解しやすい編集で作成する必要があります。)

 

(2)書類が意図する対象となる読者層を明確にします。
(例えば、高度な技術教育を受けた専門技師か、あるいは一般的には高度な教育を受けていない工場ワーカー<労働者>か。)

 

文章を例に取るならば、教育レベルがその人の文章理解度を決定します。
どのような場合にも、文章は平易で、簡潔であることが望ましいのです。特に、主語述語関係を明瞭に記載します。技術者の書く文章は、自分で分かっているために、主語や目的語をよく省いていることがあります。

 

(3)書類が意図する伝達内容によって書類の仕様/規格を決めます。
1)天地、左右のマージン
2)使用する紙
3)用紙のサイズ
4)図の表示方法
5)写真の取扱い方法
6)表組の取扱い
7)イラストの使用方法
8) 文章形式か、表形式か 例えば、機械の取扱説明書のような書類は、一般的に現場で使用されるケースが多いので、特に読みやすさに力点をおかなければなりません。(行間、使用書体 等に注意して下さい。) 又、文字の大きさも決定します。(タイトル、サブタイトル、節、項)

 

(4)表現方法を統一します。
(特に複数人員で著作する場合には、特に注意して下さい。)
表現については、内容をだらだらと書くのではなく、何をどうすれば何がどうなるかを論理的にすっきりと記載します。説明する内容が元々複雑で理解しにくい事柄については、図解を使用したり、説明の内容を箇条書にしたり、説明しようとする内容を具体的に、かつ順序を鮮明にして展開するようにします。一つの大きいストーリーの中で、一部分について並列的に説明しなければならない場合には、流れの順序をフローチャートを使用して事前に鮮明にしておくことが大切です。

 

(5)各特定な頁へのアクセス性を高めます。
目次やインデクッス(索引)を用意します。何処で使用するにしても、読者が必要とする情報が技術書(マニュアル)の何処に記載してあるか直ぐにアクセスできるように、目次やインデックスを詳細に用意して、利用上の利便を図ります。

 

(6)書類の履歴表示
特に最近ではワープロ、DTP、パソコンが普及して、様々な文書を転記して使用し、色々な担当者が随時気付いた時訂正を加えたり、一部の文章を変更したり して、社内に存在する同一文書のどれが最新版か分からなくなるケースがあります。このような事態を避けるために是非とも書類の履歴管理を充分にするべきで あり、文書管理用の社内規格を策定して、関係者に徹底しなければなりません。 これは前回までのFITCEN NEWSLETTER Nos. 95-001, 95-002において述べましたPL対策やISO関係の認証等においても非常に重要となるでしょう。

 

(7)特殊な用語のGlossaryを付けます。
初心者を対象として一般的には馴染みのないすべての用語に用語解説をするべきです。また全く同一のものを言及していても書く人によって別の用語を使用する 場合があります。例えば主軸、スピンドル、メインシャフト、ドライブシャフト、その機械でこれらの用語はすべて同一のものを指しているが、書き手の癖や慣習によって別々の表現方法を使用すると、読者は別のものと理解する可能性があります。社内で使用する用語を徹底的に統一し、技術書やマニュアルに用語の定 義をすることが肝要であります。さらに日頃から社内用語標準を作成して関係部署に提供し、文章作成者は、すべて社内用語標準に基づいて技術書やマニュアル を作成することが重ねて肝要です。

製造物責任制度の局面から見るテクニカルライティング(当社の社内研修資料からの抜粋)

以下の文章中でのマニュアルとは、機械または装置類の購入者/使用者に手渡される機械または装置類の様々な説明書、たとえば取扱説明書、操作説明書、据付(セットアップ)説明書、保守説明書、保証書、仕様書、場合によっては販売資料、カタログを包含するものです。
巻頭(表紙の次に)に目次(Table of contents)および巻末にインデックス(索引)がないものは欧米では正式なマニュアルとは言えません。

 

まず、PL(Product Liability = 製造物責任)対策として、マニュアルとはどのようなものかを、たとえば欧米のトップ企業(社内にテクニカルライティング部等があり、マニュアルの作成に時間と費用をかけている)によって作成されたマニュアルを参考として、研修会を開きます。
以下の各事項を忠実に履行する時、恐らく現状の日本語によるマニュアルのページ数は多分、倍ぐらいのボリュームとなるでしょう。

 

● マニュアル中で使用している特殊用語は必ず、巻頭に、または巻末で定義します。
同じ会社の中でありながら、伝統的に同じ事柄を、部門によって別の日本語の言い方をしていたり、あるいは、ある会社の工場で現場課長以下全作業員が日常何気なく使用している技術用語を設計本部の担当技師がまるで知らなかったと言う例があります。
一つの会社ならば、組織全体を通して日本語での用語を統一し、各々の用語に対する訳語を決定します。これによって、図面、設計書、マニュアル、その他の図 書類全てに用語統一を反映させられます。全社統一の日本語/訳語集のうち、本マニュアルで使用する用語を抜き出して用語集として、巻頭(目次の次)若しくは巻末に(索引の前)に付けることが必要です。
【用語集(Glossary)の作成のノウハウは当翻訳センターにありますし、またそれを最新状態で維持するために、当社のノウハウと設備をご利用下さい。(有料)】

 

● マニュアル中で使用される可算名詞(Countable noun)の数の概念を徹底します。
(1つか、2つか)
例えば、単数か、複数か、複数であれば、何本の軸か、等。
日本の会社に翻訳要員として雇用されている英米人に聞くと、日本語に単数か、複数かの区別 がないのが一番苦痛であると言います。可算名詞(Countable noun)が単数か、複数かの区別がないと翻訳はできません。例えば、次のような表現を使います。
タンク — 諸タンク、 配管 — 諸配管など、具体的に数を言及することがそこで重要である場合には、二基のタンクなど。

 

● 主語、述語をはじめ、その他の用語も統一して明確に記述します。
日本の会社のテクニカルライターがよく犯しがちな好ましくない表現は、例えば次のようなものがあります。このような例は、翻訳する側から観察すると枚挙に暇がありません。
”このカバーを取り外すのには、ネジを抜いて横にずらす。“これをこのまま英訳すると、読む英米人は”ネジを抜いてそのネジを横にずらす“、と解釈してしまいます。
”このカバーを取り外すには、諸ネジを抜いてカバーを横にずらす。“とするべきであります。
これは極めて単純な例であり、カバーとネジのように非常に身近なものなので、横にずらす動作の対象がカバーであることが容易に理解できます。しかしながら、この文章をもし次のように考えると、横にずらす動作の対象は容易に理解できません。すなわちこの“X”を取り外すのには“Y”を抜いて横にずらしま す。
この場合には、横にずらす動作の対象は、“X”でも“Y”であると解釈できます。これを立証するために、社内の無差別に選んだ17名に次の質問を試みました。

この“X”を取り外すのには“Y”を抜いて横にずらす。 あなたは上記の文を読んで、横にずらす動作の対象は“X”か“Y”のいずれであると考えますか ? “X” である。 “Y” である。

結果は、回答者17名の内12名は“X”と回答し、残りの5名は“Y”と回答しました。ほとんど瞬時に回答する者は皆無でした。すなわち、この部分の構造 を一切開示しないで質問をしたので、この場合の正解は“X”でも“Y”でもどちらでも解釈できます。この時、目的語になる“X”を、“横にずらす” の前に付け加えてやると、動作の対象が 鮮明になり、誰でも瞬時に“X”と回答します。この事例からも判断できるように、マニュアルの読者が必ずしも、貴社の製品(機械、装置)に熟知していると は限らないので、文章を完全に、万人が誤解なく理解できるものにするために、目的語を省略してはいけません。 マニュアル の読者が、まず初心者であることを前提とするべきであります。
したがって、この文章は、”この“X”を取り外すのには“Y”を抜いて“X”を横にずらす。“とするべきであります。またネジは可算名詞なので、数を明白にしなくてはなりません。
このカバー(目的語)を繰り返すことがある意味では英語の常識です。複雑な機械や装置等の動き、構造を説明するのですから、目的語に当たる言葉を省くべきではありません。翻訳者が、提供された図面を参考にして、いかに注意し、努力しても、目的語を補充するには限界があります。日本語の原文が70%の完成度のものを、例えば英文で85%や90%にすることは可能であるとしても、目的語なしに100%の完成度にすることは難しいのです。

 

● マニュアル中には警告文の適切な表示が必要です。
警告文は、商品の持っている危険をあらかじめ商品の使用者に知らしめ、それによって、リスクを製品/商品の使用者から回避するという目的を持っています。 従って、効果的で、使用者に疑問の余地のない警告文で記載し、表示しなければなりません。警告文は、簡潔、具体的かつ適切な表現で、見やすく、又、耐久性 がなければなりません。
マニュアルだけでなく、製品に貼り付ける様々な注意銘板も、次項にしたがってよく吟味したものでなければなりません。

 

● 注意事項および注意レベルを明白にします。
例えば次の様な定義となります。
Danger ・・・ 致死的な、あるいは生命に重大な影響を与える場合の注意
Warning ・・・ 致死的ではないが、人的な損傷を惹起する可能性がある場合の注意
Caution ・・・ 機械、装置、付属品、搭載したプログラム、蓄積したデータに損傷を与える場合の注意
Note ・・・ 単なる注意事項。仮にnoteを忘れても、人的および機械的な損傷を全く惹起しない注意/備考
これらの、危険、警告、注意、 備考が、かなりの頻度である場合には、これらの、危険、警告、注意、備考をまとめて、一つの安全ガイド(SAFETY GUIDE)として作成します。この場合に各危険、警告、注意、備考が基本マニュアルのどのページにあるのかにも言及します。 マニュアルに明示した色々な注意事項を履行することがユーザーの義務であることをマニュアル中に繰り返し明記します。

 

● 機械、装置の使途を明記し、無断でマニュアルに記載した所定の使途以外に使用することを厳禁する文面を明記します。
また変造や改造もしくは応用的な使用についての注意事項や、禁止事項を明記します。改造もしくは応用的な使用が可能であることを一つのセールストークとしている場合には、それを履行するためにユーザーがしなければならない承認の取り方をマニュアル中に明記します。

 

● マニュアルの使用者を明記します。
例えば、操作マニュアルは、機械の少なくとも実際の使用者自身が必ず読むことを義務とし明記することや、保守マニュアルは機械の少なくとも実際の保守要員自身が必ず読むことを義務とし明記する、などです。

 

● 所定の保守がいかに重要であるか、それを怠ると引き起こす可能性がある危険を明示します。
また、所定の保守を履行することが、使用者(ユーザー)の義務であることを明記し、明記した保守を履行しなかった場合の全ての危険、災害について、メーカーに責任がないとする文面を記入します。

 

● 略号、略語の使用はなるべく避けます。
どうしても使用しなければならない場合には、略号、略語の説明を定義します。

 

● 自社内の製品についての用語集(和文、英文両方)を作成します。
そして、それを社内のマニュアル作成担当者に配布し、常に、同一部品や同一状態を言及する場合には同一の用語を使用するようにします。
※用語集については、当社に多数の作成実績があります。詳しくは、当社の営業員にお尋ね下さい。

 

● 日本語の原稿を作成する時に、文章が冗長でないか、日本語独特の不明瞭な表現がないかを充分にチェックします。
散文的であるよりも、叙述的であるようにします。なおかつ、物事を順序立てて説明していくようにします。
参考として言及すると、英語ではひとつの文章(ピリオドを打つまで)が20語(単語の数、文章で約2行)ぐらいが、一度に理解される読解力の限界と言われいています。20語を越えると、英米人でも読み返すと言います。
各社の日本語マニュアルは、運転、保守の手順説明が英米人の書くマニュアルに比べてすっきりしていません。日本のマニュアルはある程度の技術力を持った人 を対象としていますが、英米ではどんな素人でもマニュアルに従うことによって使用可能であるように書かれています。ひとつの動きが順を追って書かれている のです。

 


日本式
1. 制御盤の扉を開けて、電源を入れて操作盤の起動押しボタンスイッチPB-1を押す。電源表示灯、運転表示灯が点灯する。

 

英米式
1. 制御盤・の扉・を開ける。
2. 主遮断器・を入りにする。電源表示灯(P-1)が点灯する。
3. 操作盤で起動押しボタンスイッチ(PB-1)を押す。運転表示灯(P-2)が点灯する。

 

● 日本語の原稿が完成したら、文章として完全であるか、また、初心者でも理解できるかどうか読み直し、不充分なところを加筆します。
マニュアル全体のページ取り、各ページのレイアウトが、使用者にとって読みやすく親切であるか、ページの中に文字の密度が高く読みにくいところはないか等々にも配慮する必要があります。

 

● マニュアル中に表や図面が多数存在する場合には、それぞれ、まとめてリストとして表示したページをつくります。
例えば、”List of tables” または “List of Figures” とします。

 

● 輸出する当該国の所定の規格や、所定の製品に適用されるその他の規格は、製作前に充分に検討し、適合していなければなりません。
業種、輸出製品によってかなり違うので、充分な配慮が必要である。

 

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